月に寄せて

表参道駅から地上に出ると、寒の戻りを感じさせる
冷たい空気の向こうに、三日月が浮かんでいるのが映った。
透明な黒に傾く濃紺の夜空に、優美な弧を描いたそれは、
煌々と冷たい光を放つ白銀の様な冬の月とも、
春の宵特有の朧に霞んだ鈍い月とも異なり、
ただ春の訪れを告げるかの様にしなやかで穏やかな黄色い三日月だった。
華やかさにも、清冽さにも神々しさにも欠けているけれど、
素直な優しささえ感じる黄色い三日月が放つ光。
家路を急ぐ人々の往来するざわめきの中で、暫し足を留めて、
まだ未訪の春を偲んだ。

現実に帰り、ふと傍らに目を落とすと、
お花屋さんの店頭には、桜の枝が並んでいる。
自分のために一枝買って、一足早い春を迎えてみよう。