朝シャンの会

MaterPatris2005-05-09

と、云っても別に朝からシャンプーをする訳ではない・・・
朝から、公園等で自然と戯れながら
シャンパン(本当は泡物・・・つまりはスパークリングワイン)を飲んで
だらだらまったり過ごすという、よく言えば大人の贅沢なピクニック、
悪く言えば、背徳な休日の過ごし方なのである。
某サイトで知り合いになった方と意気投合して、思いつきで実施してしまったのだが、
これがなかなか楽しいのである。
渋谷の東急本店前に10時に集合し、「VION」でバゲットを購入して、
ご近所の公園まで歩いていくことにする。
場所は渋谷の松濤公園・・・
お池のほとりのベンチを陣取り、さっそくボトルの栓を抜く・・・
やや、曇りがちな空だけれど、暑くもなく寒くもなく気持ちの良い気候。
友人のお手製のハムとチーズがバゲットにとても合う。

朝一番に作ったキッシュロレーヌを自宅から持ってくる。
かなり良い出来栄え。

池の鯉や亀、それに公園の鳩に、時折パンくずを投げながら戯れる。

新緑の中で、ちょっと楽しいひと時でございました。

本日の「血と肉と骨」になったもの

(朝)
ZOKA@赤坂見附
パリジャンサンドBLTと本日のコーヒー(スマトラガヨランド)
塩味のクッキー(1ヶ100円・凄い不思議なお味♪)

(昼)
毎度の事ながら・・・食べ損ねる。

(おやつ)
お昼ごはんと兼用で6時頃に頂く。
長崎ちゃんぽんリンガーハット赤坂見附のちゃんぽん。
可も無く不可もなくだが、お値段390円はお財布に優しい。

(夜)
外食する元気が無いので、久々のコンビニご飯。
蛤ご飯があってびっくり!
370円なのだが、蛤も一杯乗っていて、味もそこそこ。
それが意外に美味なのでありました♪

そういえば、随分と自宅できちんとしたお料理を作って
いないなぁ・・・
そろそろ本当に、誰かが食べてくれるちゃんとした
お料理が作りたい。
やはり、お花見弁当かしら?

真夜中の桜・・・

深夜に帰宅して、早速一枝の桜を活けてみる。
取り敢えず、細い花器に割りを入れただけで投げ入れる。
しなやかに弓を張った様な枝に沢山の蕾が恥じらいながら俯いていて、
僅かに数輪、綻び始めた桜の透き通る様に清らかな花びらを見せる。
殺伐とした荒れ放題の部屋に不釣り合いな程、凛としていながらも、
あえかな表情の桜の一枝。
その枝の周りだけが不思議な明るさを放っている様に見える。
こんな所にもまもなく訪れる桜の花盛り。
そうして、やがて来る満開の桜が織り成す淡い世界を夢に描きながら、
眠りに就く迄のひととき、微睡みの時間を過ごした。





月に寄せて

表参道駅から地上に出ると、寒の戻りを感じさせる
冷たい空気の向こうに、三日月が浮かんでいるのが映った。
透明な黒に傾く濃紺の夜空に、優美な弧を描いたそれは、
煌々と冷たい光を放つ白銀の様な冬の月とも、
春の宵特有の朧に霞んだ鈍い月とも異なり、
ただ春の訪れを告げるかの様にしなやかで穏やかな黄色い三日月だった。
華やかさにも、清冽さにも神々しさにも欠けているけれど、
素直な優しささえ感じる黄色い三日月が放つ光。
家路を急ぐ人々の往来するざわめきの中で、暫し足を留めて、
まだ未訪の春を偲んだ。

現実に帰り、ふと傍らに目を落とすと、
お花屋さんの店頭には、桜の枝が並んでいる。
自分のために一枝買って、一足早い春を迎えてみよう。

内なる私とのディアローグ

私の中の私は今何人いるのだろう?
一人になって鏡に移った顔に内なる私を問い掛けてみる。
夢見がちな私を否定的に観ている現実的な私。
誰にでも優しく気を使う私と、極端に冷静で我儘で自分勝手な私。
快活に弾け、誰とも仲良くなれる私と、控えめで引っ込み思案で人見知りする私。
実年令と異なる位幼稚な私と朽ちて枯れた老齢な私。
誰かと一緒にいないと不安で堪らない程寂しがり屋の私と人と接する事が嫌で一人が安らぐ私。
鏡に手を振る自分の顔が見えなくなる様な不安…貴方は今どの私なのだろう…
内なる自分の姿はまだ見えない。

風花の舞う午後・・・

赤坂見附の駅を下りて地上に出るとはらはらと雪が風に舞っていた。
降るのではなく、風に運ばれて下りて来る様だ。

名残り雪の様に湿っぽい訳でなく、ただ乾いた冷たい風に身を任せて風に漂う雪の一片…まるで目覚めの時をより清らかなものにする為に、浅い眠りを揺り起こす様な僅か数分間の季節の逆転。
移ろい易い早春の情景。
冷たい風が止むと重く淀んだ空は次第に春の空に帰っていた。
春の緞帳が開く前のひっそりとした季節の足踏み。
ますます込み上げる春への期待感と冬への惜別の気持ちが交差していた束の間の時間であった。